欠損法人を利用したM&A

 

M&Aの対象会社に繰越欠損金がある場合、それをどう評価すべきでしょうか。

繰越欠損金は、過去の赤字を示すためネガティブに見られがちです。しかし一方で、将来の利益と相殺することで税負担を軽減できる潜在的な資産となり得ます。
実際、欠損法人を買収して繰越欠損金を活用することで、大きな節税効果を狙うケースもあります。ただし、その利用には厳格なルールが設けられており、意図せず税制の制限に抵触することもあるため、十分な理解が欠かせません。

 

そもそも繰越欠損金とは?

税務上の赤字(欠損金)を、将来の黒字(所得)と相殺できる制度であり、その繰越期間は10年間になります。
例えば、今期に5億の赤字が発生し、来期に1億の利益が生じた場合、来期1億の利益は今期の赤字と相殺されるため、来期の税金は発生しません。なお、今期5億の赤字のうち、来期利益1億と相殺後の4億は再来期以降9年間(今期から10年間なので)にわたり、黒字と相殺することができます。

今期(10期) 来期(11期) 12期 ・・・ 18期 19期 20期
所得金額 ▲5億 1億 0.5億 ・・・ ・・・ 1億 2億
控除額 1億 0.5億 ・・・ ・・・ 1億 0.5億
繰越欠損金 5億 4億 3.5億

・・・

1.5億

0.5億 0

留意すべき点として、中小法人等は所得金額の全額を控除できますが、大法人では所得金額×50%が控除限度額となります。また、2018/3/31以前に開始する事業年度に応じて生じた欠損金額については繰越期間が9年以内になります(例えば、2018/3期に発生した欠損金は、2027/3期まで相殺可能)。

 

M&Aにおける繰越欠損金を制限するルール

欠損金関連のルールは多岐にわたるため、株式譲渡を用いたM&Aにより欠損法人を取得することを起点とした、具体的なケースで、欠損金のルールについて整理します。

A)株式譲渡により欠損法人を取得して、合併することにより自社の所得を欠損金と相殺する
B)株式譲渡により欠損法人を取得して、欠損法人で新規事業を立ち上げて事業で得た所得を欠損金と相殺する
C)株式譲渡により欠損法人を取得して、欠損法人の事業を辞めずに再生し、欠損法人の事業で得た所得を欠損金と相殺する

※前提として、適格合併であり、かつ、一定の要件を満たす場合には、被合併法人(欠損法人)で生じた欠損金は合併法人(自社)で生じた欠損金とみなして引継ぎが認められます。下表参考。

合併法人(自社)の欠損金 被合併法人(欠損法人)の欠損金
適格合併 原則、繰越控除可 原則、引継ぎ可
非適格合併 原則、繰越控除可 引継ぎ不可

 

繰越欠損金の税制について一定程度理解のある人は、A)が思いつくはずです。M&Aとはいえ、株式譲渡により欠損法人を取得しても、法人格は別になるため、子会社である欠損法人の繰越欠損金を自社の所得と相殺することはできません。そのため、株式譲渡により子会社化した後に、(適格)合併により欠損法人を取り込み、繰越欠損金を引継ぐという方法です。
この方法が可能であれば、例えば10億の繰越欠損金を持つ欠損法人は、自社の所得と相殺することで3億超の節税効果があるため、例え1億で買収しても効果があるとも考えられます。
ただし、このA)の方法は当然のごとく税制で防がれています。
具体的には、株式取得後5年以内の合併において、①株式譲渡前(支配前)に生じた欠損金と、②株式譲渡後(支配後)に生じた欠損金のうち特定資産譲渡等損失により生じた欠損金に対して、欠損金の引継が制限されることになります。(なお、みなし共同事業要件をみたす適格合併であれば制限されないという論点もありますが、今回は省略します。)(法法57条③ 「欠損金の繰越し」)

 

次に、合併が難しい場合、B)のように自社で行っている収益性が高い事業を欠損法人で新しく始めれば節税できるのでは、と考えるかもしれません。しかし、この方法も税制で防がれています。
具体的には、特定グループに50%超を支配されてから5年以内に一定の事実が発生すると、その事業年度前に生じた欠損金が使用できなくなるというものです。
一定の事実は下記の5つになりますが、特に注意が必要なのは、節税を目的としていなくとも、下記の事実に該当すると、制限を受けてしまう可能性がある点です。

①休眠会社で事業を開始する
②旧事業を廃止して、旧事業のおおむね5倍の借入や資産の受入により新事業を開始する
③特定債権を取得し、旧事業のおおむね5倍の借入や資産の受入により新事業を開始する
④ ①~③の発生後、合併する
⑤役員が退職し、おおむね20%以上の従業員を退職させ、旧事業のおおむね5倍規模の新事業を開始する。
(法法57条の2 「特定株主等によって支配された欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用」)

 

最後に、C)のように旧事業を継続し、M&Aによるシナジーを活かして事業を伸ばしていくことで得た所得を相殺する場合ですが、この方法においては繰越欠損金を従来通り使用することが可能です。欠損法人を株式譲渡により取得したからといって、常に欠損金に制限がかかるという訳ではありません。

 

専門家の利用

今回は具体例を挙げながら全体像を理解するための検討を行いました。しかし、実際には税法でかなり細かいルールが定められており、個別のケースごとに詳細な検討が必要です。例えば、今回メインで取り扱わなかった、みなし共同事業要件を満たすことで、繰越欠損金の利用が例外的に認められることがあります。また、被合併法人の含み益が繰越欠損金額を上回るときに、繰越欠損金の引継ぎが可能となることもあります。その他、適格合併の要件や、特定資産譲渡等損失・・・など、欠損金をテーマとした税法は多岐にわたります。欠損法人を利用したM&Aを検討する際には、スキーム検討等の早い段階で、信頼できる専門家へ相談することが重要です。