M&Aか、清算か

 

M&Aか清算かの選択で悩む中小企業は少なくありません。

M&Aと清算のスキーム自体に絶対的な優劣はなく、重要なことはオーナーおよび会社にとっての相対的な優劣であり、後悔のない選択をするために、それぞれの特徴を比較していきます。

 

M&Aか清算かで悩む代表的なケース

M&Aか清算かで悩むケースをいくつか考えてみます。

  1. 後継者不在で業績不振
    例えば、このままでは倒産の可能性があるか、そこまでではないにしても赤字が続いているため、事業価値は評価されにくい。しかし経営者は事業そのものの価値を信じている、というケースが考えられます。
  2. 後継者不在で黒字
    例えば、業績好調につき買手候補は多数いるが、M&Aへの不信感や他人に任せたくない等の感情的な要因がある、というケースが考えられます。
  3. 後継者候補いるが業績不振
    例えば、後継者候補はいるが、業績が芳しくなく、後継者候補に辛い思いをさせたくない、というケースが考えられます。
  4. 後継者候補いるが市場縮小
    例えば、業界の先行きに不安があり、後継者に承継することは難しいと考えており、業績好調につき買手候補はある程度いるが、清算の方が手続としてシンプルと考えている、というケースが考えられます。

上記は、あくまで代表的な例を簡潔に記載しています。
もちろん、現実にはこれらのケースが複雑に絡み合っており、一つとして同じケースはありません。ただし、私が相談を受ける中では、特に①後継者不在で業績不振の状況に陥り、M&Aか清算かの二択を迫られているケースが多いと感じています。

また、M&Aという選択肢が元からない(M&Aを相談する人が周りにいない、解決策としてM&Aが利用できると知らない)ことが理由で清算(特に黒字清算)に至っているケースも多くあると感じています。実際に、2024年に休廃業となった企業のうち、資産超過の廃業が65.1%、黒字廃業が51.1%、資産超過かつ黒字廃業が16.2%を占めており、その多さが現状を物語っています。一方で、赤字企業のうち、債務超過や負債の多さから清算すら困難な状況にある企業が一定数いるということも見逃してはいけない事実です。

 

M&Aと清算の一般的な比較表

次に、M&Aと清算の比較検討をする際の判断軸を、表形式で整理してみます。

M&A 清算
事業そのもの 存続・承継 消滅
従業員雇用継続 原則維持 解雇
取引先 原則継続 契約終了
個人保証 原則解除 履行義務が残る
オーナー経営者の想い 個別事情による
オーナー経営者の手取り 個別事情による
プロセス・手続き 長中期間、手間がかかる 中期間、比較的シンプル
専門家の関与 MAアドバイザー、会計士、弁護士 司法書士、税理士、弁護士

これらをそれぞれ検討し、総合的に判断することが重要です。
なお、オーナー経営者の想いは、まさに十人十色です。個別事情によるとしか書きようがありません。
オーナー経営者の手取りについては、価格と税金に分けて次で検討します。

 

M&Aと清算の手取りの違い

価格と税金に分けて考える必要があります。税率が高くてもそれ以上に高い価格になれば、手取りは多くなるためです。

■価格
詳細については別の機会としますが、M&Aの価格は、DCF、類似会社比較法、時価純資産価額のそれぞれの価格のレンジ内で決まることが一般的には多いです。中小企業では、理論的な裏付けが薄い年倍法(純資産+利益の○倍)により価格が決まることも多くあります。誤解を恐れずに言うと、DCF > 類似会社 > 時価純資産となることが多いため、清算時の価格と近い価格となる時価純資産価額よりもM&Aの方が高く価格がつく可能性が高いと言えます。
ただし、上述のM&Aの価格算定方法は、一定程度の利益がある会社や、一定程度の規模がある会社や、継続企業を前提とした算定方法であるため、業績が芳しくない会社についてはM&Aにおいてもほぼ時価純資産価額となることも少なくないですし、負債を引き継ぐこと等の前提条件と引き換えに時価純資産価額よりも低い価格を提示されることも考えられます。

■税金(オーナー経営者個人とする)
M&Aにおいて、株式譲渡益が発生すれば分離課税で所得税が課税されます。株式譲渡益にかかる税率は、所得税・住民税等あわせて20.315%です。
清算では、財産処分により利益が発生すれば約34%の法人税等が課税され、さらに残った現預金をオーナー経営者に分配する際、資本金等の額を超える部分が発生すれば配当として総合課税で所得税が課税されます。総合課税は所得税・住民税等とあわせて約15%~56%です。
ここで、清算の最高税率が約56%であることからM&Aの方が税率的に有利とみられることが往々にしてありますが、M&Aと清算の2択で検討するケースでは、最低税率である15%の税率となることも考えられるのに加えて、役員退職金の支払いと組み合わせることでさらに低い税率に抑えられるケースもあるということは知っておくべきポイントです(なお、M&Aでも役員退職金の支払いと組み合わせることで税率を低く抑えられるケースがあります)。

 

最後に

M&Aか、清算か。この決断に唯一の正解はありません。
会社を取り巻く環境・オーナーの価値観・そして現実的な選択肢を整理し、自分にとって納得感のある決断をすることが重要です。
特に、価格や税金については専門的な知識や詳細なシミュレーションが欠かせません。後悔のない選択のために、信頼できる専門家への早めの相談をおすすめします。