事業譲渡における価格調整

 

事業譲渡では、譲渡対象となる資産や負債が個別に移転されるため、クロージング直前の対象資産や負債の価値変動が譲渡価格(事業価値)に直接的な影響を及ぼします。
そのため、事業譲渡契約において価格調整条項を適切に設計することが重要です。特に中小企業のM&Aを想定し、価格調整の必要性や代表的な手法、実務上の留意点について解説します。

 

価格調整の必要性

価格調整が必要になる理由は、最終契約時点で合意された価格が、クロージング時点での実際の事業価値を必ずしも正確に反映していない可能性があるからです。

通常、契約時に参照される財務情報は、「直近期末の財務数値」や「月次試算表」などの一定の基準日時点のデータです。そのため、最終契約を締結したあとに、数週間から数か月の間を空けてクロージングを迎えることになると、その間に在庫や債権債務などの流動資産を中心に変動が生じるリスクがあります。
特に、事業譲渡では、クロージングに向けて取引先との契約承継が必要であることが多く、これに時間を要するケースも珍しくありません。その期間中に対象事業の資産や負債の価値が変動した場合、事前に決めた価格で譲渡することが著しく不公平となる可能性もあります。
こうした事態を防ぐため、事業譲渡契約において価格調整条項を盛り込むことが必要となります。

ただし、最終契約日からクロージング日までの期間が比較的短い場合や、対象資産や負債の変動が想定されない場合などに、最終契約時点で合意された譲渡価格をもってクロージング時点における対象事業の事業価値と擬制することも、実務上は多くあります。特に、第三者間取引においては、最終的な価格は当事者間の合意で決定されるため、譲渡価格について両者が同意している場合にはそれで問題はありません。

 

一般的な価格調整方法

価格調整の方法は、対象事業の業種や規模、資産負債の内容、MAにおいて当事者が重視する観点など、様々な要因が絡み合うため個別具体的に検討することが必要です。

その中でも、基準日からクロージング日までの純資産の変動を元に価格調整を行うことが一般的です。その他、小売業や飲食店など在庫金額が重要かつ変動が大きい業種では、商品・製品などの在庫を調整対象とし、「基準日時点の在庫簿価を基準とし、クロージング日時点の在庫簿価との差額を譲渡価格に加減算する」というような調整をすることもあります。
また、対象事業に重要な契約が含まれている場合、「その契約が承継されなかった場合に、譲渡価格を××円減額する」という調整もあり得ます。他にも、運転資本を調整対象とすることや、キーマンの継続雇用を調整対象とすることなども考えられます。

 

留意点

価格調整を適切に機能させるために重要なことは、クロージング日時点の簿価をいかにして確定させるかです。

在庫簿価の確定であれば、買手が確定させるか、売手が確定させるか、第三者に確定してもらうか、実地棚卸をやるか、在庫データで確定するか、といった点を、クロージング直前直後においてトラブルが生じないように、具体的に取り決める必要があります。
また、精算方法についても明確に定めておく必要があります。例えば、基準日時点ですでに一度支払いを終えている場合には、差額のみについてどのように精算するか、いつ精算するかについて「クロージング簿価確定後○営業日以内に、差額を買手が売主に対して振込で支払う」といった定めをすることが必要です。
さらに、価格調整局面に限る話ではありませんが、譲渡対価における消費税の記載についても留意が必要です。株式譲渡と異なり事業譲渡では、個別資産の譲渡のため、課税資産の譲渡については消費税が課税されます。そのため、譲渡対価が税込か税抜かについて、買手と売手の間で認識に齟齬が生じないよう、早期に相互確認をすることが望まれます。

 

価格調整の交渉に向けて

M&Aにおいて、一般的に買手と売手の利害は対立します。売手は高く価値をつけたい一方で、買手はリスクを織り込んで安く買いたいからです。

この点、事業譲渡では、価格調整の有無や調整方法の設計によって、実質的な負担や経済的メリットが変わることも多く、買手・売手それぞれの立場において、交渉戦略の一環として価格調整を捉える視点が重要になります。契約前に調整方法の論点を洗い出し、実態に即した価格調整条項を組み込むことが、実務上の成功の鍵を握ります。