M&Aにおける役員退職金

 

中小企業のM&Aにおいては、M&Aを契機に経営陣を交代するケースが多く、役員退職金に関する質問を受けることが多々あります。実際に質問のあったM&Aにおける役員退職金の論点をいくつか確認していきます。

 

M&A対価を株式譲渡代金と役員退職金どちらで受け取るべきか

売手会社の役員と株主が一致しているオーナー企業の場合、M&A対価の受け取り方が論点となります。その理由は、株式譲渡を前提とした場合、M&A対価は原則株式譲渡代金になりますが、一部を退職金として受け取ると役員(=オーナー)の税負担が軽減されることがあるからです。
役員(=オーナー)の立場で考えたとき、
株式譲渡代金の税率:株式譲渡所得×20.315%
退職金の税率:(退職金▲退職所得控除)×1/2×所得税住民税合算税率
となるため、M&A対価を株式譲渡代金と退職金にどのように配分するかで税負担軽減の最適解が見つかります。
ここで注意すべきことは、早い段階で買手と調整する必要があることと、税務上損金と認められる範囲内で退職金を設定することです。上記の最適解には退職金の上限値が決まっているのです。

 

役員退職金は税務上どこまで認められるか

次の質問は、「役員退職金はいくらまで出せるのか」になります。この質問は、M&Aの場面に限らず一般的によくある質問です。明確な答えがあるわけではなく、税法上は勤続期間・退職の事情・類似法人の支給状況等を総合的に判断する必要があります(法人税法34条2項、法人税施行令70条2号)。
当たり前ですが、売手会社にお金がない場合は退職金を出せませんし、M&A後の運転資金が枯渇してしまう金額の退職金も出せません。また、退職金を売手会社の損金にする必要がなく、役員の所得税を計算する上で退職所得となれば良いだけであれば退職金に上限はありません。
その上で実務上、損金と認められる範囲の金額は、一般的に下記とされています。
功績倍率法:最終報酬月額×役員勤続年数×功績倍率
これは、法人税基本通達にて功績倍率法に基づいて支給する退職給与は損金不算入の適用はない旨の記載があることに基づいています。

法人税法基本通達9-2-27の3

いわゆる功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項《役員給与の損金不算入》に規定する業績連動給与に該当しないのであるから、同条第1項の規定の適用はないことに留意する。
(注) 本文の功績倍率法とは、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう。

上記の基本通達を見て分かるように、最終報酬月額の金額や功績倍率の求め方などの詳細は定められていないため、過去の判例等から数多くの専門書では、「最終報酬月額が著しく低額である場合には適正報酬月額を用いて計算可能」、「代表取締役であれば功績倍率3倍を目安とすべき」、等の解説がなされています。私自身もそのように説明することが多いのですが、実際に税務調査で過大な役員退職金が否認された場合、国税側が抽出する同業・類似法人の功績倍率は1倍台になる事が多い現実を鑑みると、仮に否認された場合には損失が大きくなるため、最終報酬月額や功績倍率の設定は慎重に決定する必要があると考えます。

 

役員退職金/役員報酬の決議

役員退職金の確定は、株主総会での決議または定款の定めによることが必要(会社法361条、387条)であるため、株主総会議事録の作成保存は必須です。なお、役員退職金規程の作成保存は必須ではありませんが、税務上の損金算入に向けた客観的証憑として作成保存が推奨されます。
また、少し話はそれますが、役員退職金と同様に株主総会での決議または定款の定めによることが必要である役員報酬について、株主総会の決議がなされていないことがM&Aのプロセスにおいて判明した場合には、後日株主総会で追認することで適法となるため、M&A実行前に株主総会で過去のすべての役員報酬を追認することが望まれます。

 

役員退職金の損金算入時期

役員退職金の損金算入時期は、株主総会の決議等により確定した事業年度になります。下記基本通達に記載の通り、株主総会の決議日ではなく役員退職金の支給日の事業年度に損金算入することも例外として認められますが、損金経理が必要です。

法人税法基本通達9-2-28

退職した役員に対する退職給与の額の損金算入の時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とする。ただし、法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める。

なお、役員退職金を未払金計上することは、長年放置することにより税務調査の誘因となる点、分掌変更退職金は未払計上が原則不可である点から避けるべきと考えます。分掌変更退職が認められる場合については、下記法人税基本通達に定めがあります。分掌変更退職と認められず、したがって退職金と認められない場合には、役員賞与とみなされ、法人税法上損金不算入&所得税法上退職所得→給与所得&源泉徴収漏れとなるため、注意が必要です。

法人税法基本通達9-2-32  一部抜粋

(1)常勤役員が非常勤役員(…)になったこと。
(2)取締役が監査役(…)になったこと。
(3)分掌変更等の後におけるその役員(…)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。
(注)本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。

 

退職金を同時に受け取る/既に受け取っている場合

M&Aにおいてオーナー社長が所有している会社を複数社同時に売却し役員を退職する場合、オーナー社長の退職所得の計算における退職所得控除の勤続期間は、複数社のうち最も長い期間により計算します(所得税法施行令69条1項3号)。

同時に退職ではなく、前年以前4年内に退職金を別の会社から受け取っている場合、前回控除を受けた勤続期間と今回控除を受ける勤続期間の重複部分は、今回の退職所得控除の勤続期間から控除する必要があります(所得税法施行令70条1項2号)。ただし、前回の退職金から5年を経過しているのであれば調整は不要です。