M&Aにおける株式譲渡契約書(表明保証と補償事項)

 

M&Aの最終プロセスである株式譲渡契約書の作成は、全体を通して特に重要な位置付けにあり、M&Aの中盤以降のプロセスは、株式譲渡契約書への落とし込みを意識しながら進めることになります。株式譲渡契約の内容は案件ごとに内容とボリュームが異なり、留意すべき点も広範にわたります。そこで今回は、スモールM&Aにおける売手の立場を前提に、株式譲渡規約書の留意点を表明保証と補償事項を中心に考えていきます。

 

株式譲渡契約書の全体像

まずは、株式譲渡契約書の全体像を確認します。経済産業省(中小企業庁)策定の中小M&Aガイドラインで開示されている株式譲渡契約書のサンプルを参考にします。契約書の各章と条項は下記の通りです。(甲が売手株主、乙が買手)

1 本株式の譲渡 1 目的(★)
2 本株式の譲渡(★)
3 譲渡価格(★)
4 本株式譲渡の実行(★)
2 前提条件 5 乙のクロージングの前提条件
6 甲のクロージングの前提条件
3 表明及び保証 7 甲の表明及び保証
8 乙の表明及び保証
4 クロージング前の取扱い 9 甲の義務
10 乙の義務
5 クロージング後の取扱い 11 役員退職慰労金の支払
12 対象会社の役員
13 甲の義務(★)
14 乙の義務(★)
6 解除 15 本契約の解除(★)
7 補償 16 甲による補償
17 乙による補償
8 一般条項 18 秘密保持義務(★)
19 第三者への公表日
20 公租公課及び費用
21 通知等
22 残存効
23 完全合意
24 契約上の地位又は権利義務の譲渡等
25 条項の可分性
26 準拠法・管轄
27 誠実協議(★)

(★)簡易な株式譲渡契約書として設ける場合の例

 

(別紙1)甲が表明及び保証する事項

1

 

 

 

 

 

 

甲に関する表明及び保証

 

 

 

 

 

 

1 自然人
2 本契約の締結及び履行
3 強制執行可能性
4 法令等との抵触の不存在
5 反社会的勢力との関係の不存在
6 倒産手続等の不存在
7 対象会社との取引の不存在
2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対象会社に関する表明及び保証

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 対象会社の設立及び存続
2 対象会社の株式
3 子会社及び関連会社の不存在
4 倒産手続等の不存在
5 計算書類等
6 資産
7 知的財産権
8 負債
9 重要な契約
10 競業避止義務の不存在
11 労働関係
12 税務申告等の適正
13 法令遵守
14 反社会的勢力との関係の不存在
15 情報開示

(別紙2)乙が表明及び保証する事項

1

 

 

 

 

 

 

乙に関する表明及び保証

 

 

 

 

 

 

1 設立及び存在
2 本契約の締結及び履行
3 強制執行可能性
4 法令等との抵触の不存在
5 反社会的勢力との関係の不存在
6 倒産手続等の不存在

(出典:中小 M&A ガイドライン(第2版))

 

表明保証

表明保証とは、売手と買手の双方が、一定時点においてM&A契約にあたり事実として開示した内容や情報が真実かつ正確であることを表明し、相手方に保証することを言います。特に、買手はDDにより対象会社を調査するものの、対象会社の経営内容や財務状況の全てを把握することができないため、情報格差のリスクをヘッジする必要があり、表明保証の内容が極めて重要になります。一方で、売手の立場からすると表明保証をした内容が事実でない場合には、①買手に損害賠償請求等の義務を負う、もしくは②M&A取引が中止されるため、できるかぎり表明保証を薄くしたいと考えます。そこで、表明保証の条項において、重要性による限定(「…重要な点において…」、「…重大な…は存在しない」)や、範囲による限定、当事者の認識による限定(「甲の知り得る限り」)、DDにて開示した一切の情報については表明保証から除外する等により、売手のリスクを限定することを検討します。
なお、スモールM&Aにおいては、限られたリソースの中でM&Aが実行されるため、表明保証に多くのことを求めることは難しく、また、M&A後の紛争の火種になりかねないため、表明保証の設定には慎重な対応が求められます。

表明保証の記載について、中小M&Aガイドラインの契約書ひな形では、契約書の中で「…別紙1(別紙2)に記載の各事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。」と記載した上で、それぞれ別紙を設ける形式となっています。

 

補償事項

補償は、売手と買手の一方に、表明保証違反その他義務違反があった場合に、相手方に損害を補償する条項です。問題となりうる点は、①補償期間の設定と②補償金額の範囲です。売手の立場からすると、補償義務の範囲を限定するため、補償期間は短く、補償金額は少なくしたいと考えます。補償期間については、実務上1~3年前後になることが多く、決算により表明保証のリスクが顕在化する可能性があるため、少なくとも1年以上とすることが望ましいと言われています。補償金額について売手の立場から考えると、例えば、「単一の事実に基づく損害額が一定額を超えたもので、かつ累計損額額が一定額を超過した場合に請求できる」というような形で、個別額の下限と累計額の下限を設定することにより、補償金額を限定することを検討します。なお、売手の立場からすると避けるべきですが、例えば未払賃金や税務の取扱いなど、(善意悪意ではなく)解釈が分かれる論点について、特別補償という形で補償条項とは別に補償期間や補償金額を定める方法もあります。

 

その他の事項

表明保証と補償事項に焦点を当てましたが、その他にも留意すべき事項は多くあります。特に論点となり得るのは、1-3譲渡価格、4-9クロージング前の甲の義務、5-11役員退職慰労金の支払、5-12対象会社の役員、5-13クロージング後の甲の義務、5-14クロージング後の乙の義務です。
1-3譲渡価格については、クロージング日のBSを基準とした譲渡価格の調整や、クロージング後の財務指標を基に譲渡価格を追加的に調整するアーンアウト条項を設けるケースも考えられますが、スモールM&Aにおいては理屈上可能なことであってもトラブルの原因となるため定めないという判断もあり得ます。
また、中小M&Aガイドラインの契約書ひな形に記載はないものの、4-9クロージング前の甲の義務においてチェンジオブコントロールの対応を記載したり、同じく4-9クロージング前の甲の義務において「事前に同意を得る事項」を明確に記載したり、5-13クロージング後の甲の義務においてキーマン条項を記載することも検討に値するかと思います。いずれにせよ、契約に織り込む内容はケースバイケースであり、その他の事項に関する留意点については、別の機会に回したいと思います。

 

弁護士チェック

M&Aにおける株式譲渡契約書は、必ず弁護士にチェックをしてもらうべきです。契約書のリーガルチェックは弁護士資格が必要な業務であることは言うまでもありませんが、M&Aの最終段階のプロセスである契約書作成に抜かりがあると、売手または買手の一方が思わぬ損害を被るおそれがあり、それまでのM&Aのプロセスが台無しになりかねません。特に、相手方が自分に有利となるように作成した契約書のドラフトを、そのまま鵜呑みにして正式な契約書とすることは絶対に避けるべきであり、費用対効果の観点から考えても、M&Aにおける株式譲渡契約書は、必ずM&Aに精通した弁護士に依頼して確認してもらうべきです。