M&Aにおけるアーンアウトの税務については、実務上頻繁に質問されるテーマです。
アーンアウトに関する税務は、個人的に10年近く前から追っている論点であり、当時は参考となる判例や専門書も限られていました。その後、大阪高裁H28年判決、国税不服審判所H29年裁決を契機として議論が活発化し、近年ではスタートアップM&Aの増加等を背景に、株式譲渡契約にアーンアウト条項を設ける事例が増えています。
アーンアウトの税務上の取り扱いは個別事情に大きく左右されるため、一概に結論を示すことは困難ですが、裁決・判決・国税当局の見解を踏まえつつ、実務上の考え方を整理します。
アーンアウトとは
アーンアウトとは、M&A実行後に、対象事業が特定の目標(売上、利益、重要契約締結など)を達成した場合に、買主が売主に契約に基づき追加対価を支払う手法です。
将来業績の見通しについて売主と買主の間で認識の差があり、当初の価格合意が困難な場合に、リスクを分配しつつ取引を成立させやすくする効果があります。また、売主が経営者として残る場合、継続的な経営努力を促すインセンティブとなります。
アーンアウトの論点
売主が個人、買主が法人で株式譲渡のケースを前提とします。アーンアウトに関する最大の論点は、売主個人における追加対価の所得税の取り扱いです。具体的には、以下2点が問題となります。
・いつの所得とするか:株式譲渡時点の所得か?、追加対価受領時点の所得か?
・売主の所得区分は何か:株式譲渡所得(分離課税:約20%)か?、雑・給与所得(総合課税:最大約55%)か?
なお、買主の処理は、売主が株式譲渡所得となれば取得価額に加算し、売主が雑・給与所得となれば損金算入とするのが整合的と考えられます。
国税当局の見解
現状、アーンアウトに関する明確な税法規定や公表されたガイドラインは存在しません。しかし、国税庁の内部文書によれば、クロージング時点では追加対価の支払いが確定していないため、原則として譲渡所得には該当せず、支払いが確定した年分の雑所得として課税する、という見解が示されています。
大阪地裁H27年判決⇒大阪高裁H28年判決
共同で行った発明に関する「特許を受ける権利」を譲渡し、譲渡契約に基づき後日受け取った追加対価について、納税者が譲渡所得(あるいは一時所得)を主張したが、支払いが確定した時点の雑所得として課税された事案です。
大阪地裁では、譲渡所得は値上がり益(キャピタルゲイン)に対する課税である一方、本件では、権利移転時には金額が確定しておらず、客観的に権利が実現可能な状態になかったため、譲渡所得が否定されています。
これに対して、納税者は地裁の判断を不服として控訴しましたが、大阪高裁も控訴を棄却し、譲渡所得が否定されています。さらに、偶発的に生じた利益とはいえないため、一時所得にも当たらず、雑所得と結論付けられています。
本件は特許を受ける権利の譲渡に関する事案ですが、将来の不確実な事象に基づき対価が決定されるという構造は、株式譲渡におけるアーンアウト条項にも通じる重要な判断枠組みを示しています。
国税不服審判所H29年裁決
投資ファンドに株式譲渡した際、クロージング後の5期でEBITDAが計画値以上の場合に追加対価を受け取るアーンアウト条項が置かれ、その後支払いを受けた件について、①対象企業の状況や、②計画達成で過去未達分の埋め合わせも可能とされていた事や、③同時に株式譲渡をした親族の譲渡単価が計画達成後の追加対価込みの金額と同等に設定されていたこと等から、その計画値が実質的に達成されることを想定して設けられているとして、株式譲渡時点で全額を収入とするのが相当であると結論付けられています。
ここで注意すべき点は、この裁決ではアーンアウト分について譲渡所得か雑・給与所得かが論じられていないという事です。したがって、本裁決は「アーンアウトは常に譲渡時点で譲渡所得になる」と一般化できるものではなく、事案限定的な判断と理解する必要があります。
個人的な見解
国内で最も信頼性の高い専門情報誌である「週刊 税務通信」では、アーンアウトによる調整金額の収益計上時期について、調整金額の受領が確定する目標達成時が原則であると整理されています。また、個人における所得区分については、原則として雑所得に該当するとされており、H29年裁決は例外的な位置づけとされています。これらを踏まえると、アーンアウトに関する一般的な認識としては、追加対価の受領時点において雑所得として取り扱う、との整理が実務上定着していると考えられます。
従って、売主側のアドバイザーとして関与する場合には、税務上の不確実性を踏まえ、原則としてアーンアウト条項を付さないことを提案すべきと考えます。(もっとも、アーンアウト条項が税負担以上の価値を持つと判断した時には、この限りではありません。)また、税理士の立場としてもアーンアウトによる収入を株式譲渡所得として申告する場合には、相応の税務リスクを伴う点を十分に説明せざるを得ません。
その上で、仮に自らが売主の立場に立ち、アーンアウト条項を付けざるを得ない時に、どのように考えるか、全てのリスクを自らが負う前提で譲渡所得として申告するためにはどうするかについて、現時点で考えてみたいと思います。
まず、大阪H27・H28判決では、アーンアウト条項の内容が、治験の進展や新薬申請の受理といった将来の不確実な事象(マイルストン)の達成に応じて支払われるものであり、その実現可能性には相当程度の不確実性があると理解できます。国税当局が、アーンアウトによる追加対価について、「支払いが確定した年分の雑所得として課税すべき」と見解を示している背景には、この大阪H27・H28判決があります。一方で、国税不服審判所H29年裁決では、所得区分について明示的な判断は示されていないものの、アーンアウト条項が実質的には達成される内容であることを理由に、譲渡時点で対価の全額を認識すべきと判断されています。従って、アーンアウト条項の達成可能性という点は譲渡所得として認識できるか否かを判断する上での一つの重要な要素と考えられます。つまり、株式譲渡時点において、株式譲渡の権利が確定していると評価される状態を、どこまで整えられているかが重要だと考えます。具体的には、前述した「週刊 税務通信」でも触れられていますが、契約上、停止条件(○○を条件としてアーンアウト対価を支払う)を可能な限り避けるとともに、アーンアウト条項は(権利の発生を左右する条項ではなく)すでに確定した対価の金額を算定・調整するための条項であることを、契約書上も明確に位置付ける必要があると考えます。
いずれにせよ、アーンアウトについては、事例の蓄積や法整備、会計・税務の規定が不十分であるため確証が持てない領域であり、今後、急増している中小M&Aにかかる税務調査や裁決を経て、明確な判断が確立していくものと期待しています。
(参考)会計処理
会計処理については、企業結合に関する会計基準で下記の通り定められています。
| 企業結合に関する会計基準27条 一部抜粋
(1)将来の業績に依存する条件付取得対価 |
保守的な立場をとり、対価の交付や返還が「確実」となり、時価が「合理的に決定可能」になった時点で、取得原価(のれん)を修正する処理となっています。