「業種別」中小M&Aの傾向

 

「どの業種が人気か?」、「○○業でもM&Aができるか?」といった、業種別のM&Aについて質問を受けることが頻繫にあります。特に、業種によって売却しやすさに違いがあるのかを知りたいというニーズは非常に強くなっています。中小M&Aを企業規模別×業種別の観点から整理し、需要傾向を考えてみたいと思います。

 

中小M&A成約”売手”の業種構成

適時開示で公表されている経営権の移動を伴うM&Aを、業種別に集計したデータを直近3年間で示すと、下表のとおりになります。

その他サービス業やIT・ソフトウェア業が上位を占めています。
その他サービス業の割合が多くなるのは、多種多様な業種を包括する残り物カテゴリーとして選定される統計的要因や、サービス業の分母企業数が多い(全企業の約70%以上がサービス業)という経済構造上の要因が大きいものと考えられます。
IT・ソフトウェア業の割合が多くなっている理由は、M&Aを成長戦略として利用する企業が多いことが挙げられます。今や新規上場企業のうち約4割を占める「情報・通信業」において、競争力を高めるために、人材確保や営業基盤獲得を求めてM&Aに投資を集中させる企業が増加しています。また、IT・ソフトウェア業は、SaaS・クラウド利用料などストック型収益構造を持ちやすいため、買手にとって魅力的な業種であるという事も要因に挙げられます。特に、2025年はその他サービス業を抜いて最も件数が多くなっていますが、AI関連サービスを提供している企業のM&Aが急激に増加していることも要因の一つと考えられます。

上表は、適時開示されている企業が母集団のため、上場企業を含む大手企業が中心になっています。

次に、売上規模5億円以下が90%超、1億以下が60%超を占めている事業承継引継ぎ支援センターの実績を業種別に集計したデータを2022年~2024年で示すと、下表のとおりになります。

業種の分類が大手企業のデータと異なっていますが、サービス業その他が上位を占めている点は、大手企業のケースと同様です。一方で、製造業の割合が高くなっていることが特徴的です。

製造業の割合が多くなっている理由は、高度成長期に全国的に製造業の下請け構造が形成され、多数創業された地域密着型の中小製造業において、オーナー企業の事業承継がスムーズに進んでおらず、事業承継型M&Aの需要が多くなっているという事が考えられます。また、製造業は、世界情勢・円安・脱炭素など外部環境の変化に強く影響を受ける業種のため、企業の枠を超えてサプライチェーンを強化し、コストの最適化を図らなければ生き残りができない状況にあるという背景もあります。例えば、外注工程にある企業を傘下にすることで、工程を内製化し、コストを削減するというようなM&Aは近年増加しているように思います。

さらに小規模な、売上1億未満が85%、5,000万未満が70%超を占めている国内最大のM&AプラットフォームであるBATONZにおける成約実績を業種別にみると、

第1位:消費者向けサービス業 22%
第2位:小売・アパレル 16%
第3位:飲食・食品 15%
(出所:BATONZ 数字で見るバトンズ10/17時点)

となっており、小売業や飲食業が上位に来ています。特に飲食業は、参入障壁が低く開業パターンが多様であるためスモールM&Aの対象となる母集団が多いことや、居抜店舗が揃っていれば初期投資を抑えることができるため開業パッケージとしてM&Aを利用することが多い等の理由で近年増加傾向にあると考えられます。

 

中小M&A“買手”需要の業種構成

買手需要の観点から、どのような業種の企業がM&Aを望んでいるのかという事を見ていきます。

買手需要を件数・割合で業種別に公開しているデータは少ない中で、国内最大のM&AプラットフォームであるBATONZにおいて公表されている買手の業種別データを見ると、

第1位:その他 17%
第2位:不動産・建設業 17%
第3位:法人向けサービス業 12%

となっており、
買手の業種別割合から同データの売手の業種別割合を控除した需要▲供給割合ランキングを作ると、買手ランキングと同様に第1位:その他、第2位:不動産・建設業、第3位:法人向けサービスとなり、スモールM&Aにおいては、不動産・建設業、法人向けサービスが需要過多であることが読み取れます。特に、建設業は、職人や現場管理人材の引継ぎ需要や、許認可が必要なため参入障壁が高いという点から、スモールM&Aに限らず需要が高い業種です(公共工事の実績があると特に需要が高い)。
なお、需要▲供給割合が低い業種は、消費者向けサービス、飲食・食品となりました。

 

まとめ

成約実績を対象会社の業種別に見ると、大企業がIT・ソフトウェア業、中小企業が製造業、スモールM&Aが小売や飲食業の割合が大きく、スモールM&Aにおいて不動産・建設業や法人向けサービスの需要過多であることが公表データから読み取れました。
その他触れていない業種だと、高齢化社会や許認可による参入障壁の観点から介護福祉サービス、2024年問題を背景にドライバー不足に悩まされている運送物流業は、需要が多い印象を受けます。

業種別の視点で重要なのは、自社が属する業種がどのステージのM&A市場で評価されやすいのかを客観的に理解し、その前提で準備を行うことです。特に今後は、AI・高齢化・人材不足・2024年問題など構造変化を背景に、業種ごとの需要バランスがさらに変化していくことが予想されます。本稿が、自社の立ち位置や戦略の検討における一助になれば幸いです。