中小企業のMAにおいて、財務DDと法務DDを専門家に依頼して実施することは一般的ですが、ビジネスDDが実施されることはそう多くはありません。特に、スモールMAやマイクロMAというフレーズが飛び交い、DDの価格競争化が激しくなっている近頃において、コストをかけてビジネスDDまで実施することは稀と言えるかもしれません。しかし、中小企業のMAこそビジネスDDが必要だと感じることが多くあります。
中小MAでビジネスDDが必要な理由
中小MAに限らず、MAを実施する際にビジネスDDは必要です。MAの世界では原則として、MA成約後の対象会社に関するリスクは買手が負うことになります。勿論、表明保証というものはありますが、買手はリターンを得るためにあらゆるリスクを負うのです。このリスクを評価するためには、特に中小企業においては財務税務だけを見ていては正直分からないと私は思います。そもそも売手と買手には情報の非対称性があるため、買手が対象会社を理解することが難しいという点はMA全般に言えることですが、それに加えて、中小企業の場合には、組織体制が曖味で、個々の業務や作業が属人的になる傾向があるとともに、会計数値に顕在化していない会社の問題点を社長や社員が認識していないということがとても多いからです。さらに、財務のディールブレイカーとして認識されているオフバランスやスタンドアロンコストも突き詰めると事業構造の理解不足が原因ということも往々にしてあります。
財務DDとのビジネスDDの境界
仮に、中小MAにおいてビジネスDDが重視されていないとすると、その理由の一つは、ビジネスDDの定義の曖昧さがあると思います。特に、財務DDとビジネスDDの違いやスコープの棲み分けは専門家によっても異なります。両者が密接に関係していることは間違いありませんが、境界を明確にするためにも中小MAにおける両者の同異について考えてみました。
大きな目的
財務DD:買手の買収判断に資すること
ビジネスDD:買手の買収判断に資すること
小さな目的
財務DD:財務リスクを洗い出して価格や株式譲渡契約に反映すること
ビジネスDD:強みと弱みを把握して、企業の安定性と成長性を評価すること
スコープ
財務DD:きっちり定めるべき
ビジネスDD:柔軟に定めるべき(「ここだけは」のところは必ず抑える)
境界線上の手続例
財務DD:顧客先別売上、事業別売上、損益分岐点分析、商流(簡易)、事業計画対象外
ビジネスDD:シナジー検討、経営指標分析、競合分析、商流(詳細)、事業計画検討
実務においては、小さな目的は買手によって異なるため、小さな目的の内容を買手から聞き出し、スコープや手続きに反映させることが重要です。
中小MAにおけるビジネスDDの特徴
大企業MAと中小MAではビジネスDDの役割が異なります。例えば、ビジネスDDで必ず実施する外部環境分析と内部環境分析ですが、中小MAにおいては外部環境分析の重要性は相対的に低くなります。ほとんどのケースで対象会社の市場シェアが業界全体の1%にも満たないことや、競合会社の情報入手が困難であること等が理由です。一方で、内部環境分析は深い分析が必要です。多くのケースで、組織体制が曖味で属人的になる傾向があるとともに、会社の問題点を社長が認識しておらず、現状把握により問題点や強みを探ることが胆になるからです。
また、中小企業において事業計画はないことが多いですが、MA成約後のあらゆるリスクを買手が負うことを考えると事業計画は買手が主体となって作るべきであり、ビジネスDDにおいては事業計画作成の支援や補佐をすることが重要です。なお、将来業績を予想することが業務範囲ということではなく、将来の事業計画を作成するために情報を調査することが業務範囲であるという共通理解を得ることが必要です。