2023年1月のソフトバンクグループのプレスリリースにて、法人所得で約370億円の修正申告を行った旨の発表がありました。日経新聞によると、修正申告の主な内容は、M&Aにかかるデューデリジェンス費用が費用か資産かという税務処理を巡る判断の相違によるものとのことです。M&A関連支出の取扱いは法令で個別具体的な定めがないため、税務調査の現場で国税当局との意見が相違するケースが多い項目として知られています。また、会計(連結財務諸表、個別財務諸表)と税務での処理の違いも、その取扱いの複雑性をより深めている原因と言えます。
はじめに
M&Aを行う場合、買収対象会社の財務内容や事業リスク等を調査することで買収価格の決定や最終的な買収の意思決定を行います。専門性が必要となるため、財務税務面の調査を公認会計士や税理士に、法務面の調査を弁護士に委託することが一般的で、財務税務面の調査を財務税務デューデリジェンス(財務税務DD)、法務面の調査を法務デューデリジェンス(法務DD)と呼びます。
株式の取得を前提としたM&Aにおいて、このDD費用をどのように処理するのか、具体的には株式の取得価額に含めるのか一時の費用とするのか、会計上(連結財務諸表、個別財務諸表)、税務上の取扱いを考えます。
会計上(連結財務諸表)の取扱い
下記会計基準に記載のとおり、M&Aにおける外部のアドバイザーへの報酬(DD費用)は費用処理となります。平成25年改正の前までは連結上も株式の取得価額に含めて処理となっていましたが、国際的な会計基準との整合性を図るため平成25年改正により連結上は一時の費用と整理されました。
企業結合に関する会計基準26項
取得関連費用(外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等)は、発生した事業年度の費用として処理する。 |
会計上(個別財務諸表)の取扱い
一方、大半の中小企業者が対象となる個別財務諸表上の取扱いは、DD費用を株式の取得に係る付随費用として株式の取得原価に含める処理となります。上述した企業結合に関する会計基準は個別財務諸表にも適用されますが、同基準の94項にて個別財務諸表では従来と同様に「金融商品会計に関する実務指針」に従って算定する旨の定めがあり、「金融商品会計に関する実務指針」では取得時における付随費用は取得価額に含める定めとなっているためです。
企業結合に関する会計基準94項 一部抜粋
なお、個別財務諸表における子会社株式の取得原価は、従来と同様に、金融商品会計基準及び日本公認会計士協会会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」に従って算定することに留意する。 |
金融商品会計に関する実務指針56項 付随費用の取扱い
金融資産(デリバティブを除く。)の取得時における付随費用(支払手数料等)は、取得した金融資産の取得価額に含める。ただし、経常的に発生する費用で、個々の金融資産との対応関係が明確でない付随費用は、取得価額に含めないことができる。 |
なお、個別財務諸表上の取扱いと連結財務諸表上の取扱いが異なるため、連結財務諸表を作成する会社においては連結修正仕訳時に株式の取得原価のうちM&A関連支出分を費用に振り替える点に留意が必要です。
税務上の取扱い
税務上の取扱いは会計上の取扱いに比べて慎重な検討が必要になります。税務上の取扱いは下記の法人税法施行令が根拠になります。
法人税法施行令119条有価証券の取得価額 一部抜粋
内国法人が有価証券の取得をした場合には、その取得価額は、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に定める金額とする。 |
上記の定めによるとDD費用を含むM&A関連支出は、
・購入のために要した費用に該当⇒株式の取得価額に含む
・購入のために要した費用に該当しない⇒損金算入
ということになりますが、個別具体的ではないので見解の相違が発生する要因となっています。
この点、実務上はM&A関連費用が株式の購入に係る意思決定(取締役会決議等)の前後いずれで発生したかを基準に判断することが多いのではないでしょうか。もう少し言うと、買収対象企業が実質的に特定されている段階のDD費用は株式の取得価額に含めて処理するが、買収対象企業が複数あり買収先が特定されていない段階でのDD費用は損金処理するという判断です。個人的には、DDの大半が前者のケースにあたると考えられるため、ほとんどのケースで税務上の取扱いは株式の取得価額に含める処理になると認識しています。
なお、合併におけるDD費用については、合併時は株式取得の付随費用という考え方がないため、個別財務諸表上も含めて会計上は費用、税務上も被合併会社の調査に係る業務委託費用であるため適格か否かを問わず損金処理となります。
【2024/11/26追記】
税務上の取扱いについて、以下の高松裁決要旨(令和6年1月24日裁決)を鑑みると、「取締役会決議等の前後いずれで発生したかを基準に判断する」という判断基準ではなく、「買収対象企業を特定している段階でのDDか否かを基準に判断する」という判断基準がより適切であり、従って、DDの大半が買収対象企業を特定している段階で行われるため、個人的な結論は変わらず、ほとんどのケースで税務上の取扱いは株式の取得価額に含める処理になります。
国税不服審判所 裁決要旨検索システム 裁決番号 令050004 一部抜粋
…請求人が買収した会社(本件買収対象会社)に係るデューデリジェンス費用(本件各DD費用)は、請求人の取締役会等が買収の意思決定を行う前に発生した当該意思決定を得るための必要経費であるから、「その有価証券の購入のために要した費用」に該当しない旨主張する。しかしながら、「その有価証券の購入のために要した費用」には、原則として、当該有価証券の取得を目的としてその取得に関連して支出する一切の費用が含まれるというべきであり、本件各DD費用は、本件買収対象会社の株式という特定の株式の取得を目的としてその取得に関連して支出した費用であると認められるから、「その有価証券の購入のために要した費用」に該当する。 |