バリュエーションとDCF法

 

バリュエーションの評価方法として多用されるDCF法について、公開買付届出書を基に気になる点をまとめました。

 

公開買付届出書

株式等の公開買付者は、公開買付者の概要や買付け価格等を記載した公開買付届出書を関東財務局に提出する必要があります。(公開買付府令12条)
公開買付届出書を提出する際にはいくつかの添付書類が求められますが、MBO(経営者による自社株買収)の場合および親会社による子会社株の公開買い付けの場合には、利益相反関係が存在することを理由に、買付価格の参考とした株価算定書の添付が義務付けられています。

公開買付届出書は通常、EDINETで5年間開示されていますが、直近1年間(2021年7月7日-2022年7月7日)で公開買付届出書に添付があった株価算定書を基に、DCF法における事業計画の予測期間・永久成長率・割引率等を調べました。
なお、直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書は15件ありました。

 

事業計画の予測期間

DCF法においては、事業計画に基づいて一定期間のFCFを見積り、当該期間経過後は一定のFCFに基づき継続価値を算定します。バリュエーションにおいては、評価対象会社から提出される事業計画を基に算定することになりますが、予測期間が長くなると合理的な予測が困難になるため、予測期間が長ければ長いほど良いとは限りません。
直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、事業計画の予想期間の記載があったのは11件であり、その年数は下表のとおりです。5年以下で大半を占めています。

予測期間 3年 4年 5年 6年 7年
件数 3 5 1 1 1

 

永久成長率

DCF法における評価額は、予測期間価値+継続価値で表されますが、一般的に予測期間価値が評価額に占める割合は半分以下(予測期間5年、割引率5%とすると予測期間の評価額に占める割合は20%程度)にすぎず、継続価値の評価はDCF法における重要な要素になります。
継続価値を算定するにあたっては、永久成長率法(予測期間最終年度のFCFが毎期一定割合で成長すると仮定)を採用することが一般的です。
直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、永久成長率の記載があったのは7件であり、その割合は下表のとおりです。

永久成長率 0%±0.25% 0%±0.5% 0.5%±0.25% 0.5%±0.5% 0.75%±0.25%
件数 3 1 1 1 1

 

割引率

割引率は、将来のCFのリスクに応じて投資家が期待する収益率であり、DCF法においては、現在価値を求めるために割引率を用います。割引率はWACCを使うことが一般的です。
直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、割引率の記載があったのは7件であり、その一覧は下表のとおりです。

公開買付者 割引率 割引率の幅
名古屋鉄道 5.38% – 5.69% 0.31%
ダイフク 7.75% – 9.75% 2%
三井金属鉱業 5.00% – 6.00% 1%
商船三井 7.75% – 10.75% 3%
商船三井 3.25% – 3.75% 0.5%
凸版印刷 7.25% – 8.25% 1%
ブラザー工業 6.50% – 7.00% 0.5%

 

評価方法

直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、評価方法の採用分布は以下の通りです。公開買付届出書を提出するのは原則として上場株式を対象とする買付のため、全ての株価算定書で市場株価法が採用されています。

評価方法 市場株価法 DCF法 類似会社比較法 その他
件数 15 15 11 2

 

公開買付価格とDCF法のレンジ

直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、全15件で公開買付価格がDCF法のレンジ内に収まっていました。また、市場株価法を採用している全15件で公開買付価格>市場株価法の上限となっており、類似会社比較法を採用している11件のうち、類似会社比較法のレンジ内に収まっていたのが4件、他7件が公開買付価格>類似会社比較法上限となっています。

 

算定機関とDCF法

直近1年間で株価算定書の添付があった公開買付届出書15件のうち、算定機関は、SMBC日興証券が4件、野村證券4件、みずほ証券2件、GS2件、UFJ1件、モルスタ1件、大和証券1件となっていました。株価算定書を見ていると算定機関によって算定前提に傾向(方針)があるように思えます。理論上、バリュエーションは算定者によって結論が異なることはあり得ませんが、実務上は、誰が算定するかによりバリュエーションの結果に一定程度影響を及ぼしてしまうという事を認識する必要があります。